神道の由来と教義・神とは〜ワールドメイト〜

  • 【ワールドメイト】神道
  • 【ワールドメイト】由来と教義
  • 【ワールドメイト】神道における「神」

神道〜ワールドメイト〜

【ワールドメイト】神道は太古の日本から信仰されてきた固有の文化に起源を持つとされる宗教である。宗教名の多くは何教と呼称するが、宗教名は神教ではなく神道である。日本列島に住む民族の間の伝統的な民俗信仰・自然信仰を基盤とし、豪族層による中央や地方の政治体制と関連しながら徐々に成立した。神道には明確な教義や教典がなく、『古事記』、『日本書紀』、『古語拾遺』、『宣命』といった「神典」と称される古典を規範とする。森羅万象に神が宿ると考え、天津神・国津神や祖霊をまつり、祭祀を重視する。浄明正直(浄く明るく正しく直く)を徳目とする。他宗教と比べて現世主義的であり、まつられるもの(神)とまつるもの(信奉者)との間の連体意識が強い、などといった特徴がみられる。〜ワールドメイト〜

【ワールドメイト】一説には、神道とは惟神の道(かんながらのみち)であり、「ただあるがままを生きる。この世には人智を超えた神々の計らいがあり、その中をただ自然に生きることこそ大切」とも言われるが、その根幹にあるものは森羅万象や祖霊、死者への畏敬の念である。古来、日本人は「人道」に対する「神道」という、人道よりももっと高度な、善悪を超えた、宇宙や地球の法則のようなもの、人類も含めた「物・事の在り方」「道(みち)」をその精神の中心に置き、大事に伝承し、国民全体に普及させる努力を重ねて来ていた。それは、新嘗祭などの日本古来の伝統的な「祭事」にも表れている。神道と仏教の違いについては、神道は神話に登場する神々のように、地縁・血縁などで結ばれた共同体(部族や村など)を守ることを目的に信仰されてきたのに対し、仏教はおもに個人の安心立命や魂の救済、国家鎮護を求める目的で信仰されてきたという点で大きく相違する。〜ワールドメイト〜


由来と教義〜ワールドメイト〜

【ワールドメイト】「神道」という言葉は中国の『易経』や『晋書』の中にみえるが、これらは「神(あや)しき道」という意味である。これは日本の神道観念とは性質が異なるものである。日本における「神道」という言葉の初見は『日本書紀』の用明天皇の条にある「天皇信佛法尊神道」(天皇、仏法を信じ、神道を尊びたまふ)である。このように、外来の宗教である仏教と対になる日本固有の信仰を指したものだった。〜ワールドメイト〜

【ワールドメイト】中国では、信仰は「鬼道」、「神道」、「真道」、「聖道」の4段階に進化すると考えられ、仏教は一番進んだ「聖道」にたっしていると信じられていた。一番下の段階が「鬼道」で、『魏志倭人伝』の中にもこの語が出てくる。次の段階が「神道」」(「神(あや)しき道」)である。すなわち、『易経』や『晋書』の中にみえる「神道」(「神(あや)しき道」)という語は、鬼道よりは進んでいるが、まだまだ劣っているという蔑称である。日本における「神道」は中国道教の「真道」「聖道」といった進化に対して保守的であり、「鬼」が蔑称文字とされても「祈祷」の字を代用するなど、他の宗教の原理主義に近い状態を維持していると言える。また国家神道時代においては聖道に近い状態であったとも言える。因みに、「祈り」自体は、本来の日本語の意味では、「意乗り=意を乗せる」という意味である。現象や物事に対して「意乗り」を行う事によって、改善・改良の道筋を開いたり付けたりそこに気を入れたりすることを表す。〜ワールドメイト〜

【ワールドメイト】日本書紀では、用明天皇即位前紀に「天皇,仏法を信(う)けたまひ,神道を尊びたまふ」とあり,孝徳天皇即位前紀に「(天皇)仏法を尊び、神道を軽(あなず)りたまふ。生国魂社の樹を駒(き)りたまふ類、是なり。人と為(な)り、柔仁(めぐみ)ましまして儒を好みたまふ」とあり、これが日本に於ける「神道」の語の初出である。解釈は多様であり、仏教や儒教に対して日本独自の宗教を神道とする説、祖先や自然に与えられた環境の保持発展を指して神道とする説、人道に対し天皇が君主として神として歩むべき覇道を指して神道とする説などがある。〜ワールドメイト〜

【ワールドメイト】明治20年(1887年)代になると、西欧近代的な宗教概念が日本でも輸入され、宗教としての「神道」の語も定着し始める。明治30年(1897年)代には宗教学が本格的に導入され、学問上でも「神道」の語が確立した。もともと、神道にはイエス・キリストや釈迦のようなカリスマ的創唱者が存在しなかった。政権による土着の民俗信仰との支配的な祭政一致がおこなわれた神道が教義を言語で統一的に定着させなかったのは、古代より「神在随 事擧不為國」(神ながら 事挙げせぬ国)だったからであるともいわれている。そのため、外来諸教と融合しやすい性格を有することになったともいう。神道のような土着の民俗信仰と宗派宗教の併存例は世界各地でみられるものであるが、その多様性は特異なものである。〜ワールドメイト〜

【ワールドメイト】実際には、仏教公伝の当初から、廃仏派の物部氏と崇仏派の蘇我氏の間で抗争もあった。中世には、伊勢神道をはじめとして、吉田神道などの諸派が反本地垂迹説など複雑な教理の大系をつくりあげてゆく。近世後期には、平田篤胤が、キリスト教の最後の審判の観念の影響を受けた幽明審判思想や、アメノミナカヌシを創造神とする単一神教的な観念を展開するなど近代に連なる教理の展開を遂げた。近世に大きく発展した儒家神道はしだいに大衆に支持基盤を得て尊王攘夷思想を広め、討幕の国民的原理ともなっていった。〜ワールドメイト〜

【ワールドメイト】代には神道事務局祭神論争という熾烈な教理闘争もあったが、結局は、政府も神道に共通する教義体系の創造の不可能性と、近代国家が復古神道的な教説によって直接に民衆を統制することの不可能性を認識して、大日本帝国憲法でも信教の自由を認めせざるを得なかった。もっとも、それには欧米列強に対して日本が近代国家であることをあきらかにしなければならないという事情もあった。神社神道では教義を明確に統一できないことに由来する神道の「掴みにくさ」は、同時に、言語に強く依存した外来の諸宗教に完全には吸収同化されない、身体感覚を重視した遠い昔からの所作の現われとして現代日本社会にもなお受け継がれている。この結果、仏教や儒教、キリスト教などの受容後も、神道的なものが日本人の精神生活に幅広く残った。これらを俯瞰すると、抱擁的側面は出雲が有し、社会制御的側面を伊勢が受け持ったともいえる。〜ワールドメイト〜


神道における「神」〜ワールドメイト〜

【ワールドメイト】神道は多神教だが、祖霊崇拝性が強いため、古いものほど尊ばれる。1881年の神道事務局祭神論争における明治天皇の裁決によって伊勢派が勝利し、天照大神が最高の神格を得たが、敗北した出雲派的なものが未だに強く残っていたり、氏神信仰などの地域性の強いものも多い。気象、地理地形に始まりあらゆる事象に「神」の存在を認める。いわゆる「八百万の神々」である。この点はアイヌの信仰にも共通する。詳細は神道における神を参照のこと。また、生前業績があった人物を、没後神社を建てて神として祀る風習なども認められる(人神)。〜ワールドメイト〜

【ワールドメイト】自然を感じ取り、そのもののままでは厳しい自然の中で、人間として文化的な生活を営むのにふさわしい環境と状態を、自然との調和に配慮しながらバランスを取り調節して行き、人民生活を見回って、生活する為の知恵や知識のヒントを与えたり、少し手伝ってあげたり、体や物を借りた時や何かやって貰った時などには少しお礼をしたり。それが、日本の「神(かみ)」がやっていた仕事の一つである。一説には、「神」は「上(かみ)」に通じ、上の方にいる存在を指すとも言われている。日本人にとって「神」は、とても身近な存在であった。日本の神は地域社会を守り、現世の人間に恩恵を与える穏やかな「守護神」であるが、天変地異を引き起こし、病や死を招き寄せる「祟る」性格も持っている(荒魂・和魂)。人間も死後神になるという考え方があり、社会的に突出した人物や、地域社会に貢献した人物、国民や国のために働いた人物、国家に反逆し戦乱を起こした人物、不遇な晩年を過ごし死後怨霊として祟りをなした人物なども、「神」として神社に祭られ、多くの人々の崇敬を集めることがある。〜ワールドメイト〜


  • top